走行距離:81km
|
| 8時起床。さすがに昨日の176キロコースは疲れた。体が重い。とりあえず今日の宿を予約しよう。ちょうど4年前、2000年の11月の連休にも泊まった御殿場ユースホステル。ユースとはこのようなところであったのかということを教わった思い出の宿だ。これでよし、と。もう箱根は通りたくないからなぁ。 そして朝食を食べに、ロビーへと下りる。明日の夜に東京に着けばいいので、今日は御殿場まで行ければそれでいい。引き続き旧道探索もやりつつ、しかし今日は100キロ以下コースなので楽勝のはず。 |
||
|
10時を過ぎてようやく出発。往路とはルートを変え、海岸沿いのバイパス(に設けられた歩道)ではなく、内陸の国道1号本体を走る。この区間は旧東海道とも一致するようだし…。すると清水から興津までの間に、国道1号の北側に清見寺というお寺に行くことができる。 |
![]() ↑石段があって、門があって、JR東海道線の踏切があって、その奥が境内 |
|
| 興津を過ぎた後も、海岸沿いの国道1号ではなく(それはもう往路で通った)、旧道の通っている「薩た峠」を目指すことにした。国道1号からY字型に枝分かれしている旧道とおぼしき道をトレースし、内陸に入る。ふむふむ…このあたりのトレースはここ数日間の旧道探索でだいぶ鼻が利くようになっていた。 さらに枝分かれした道を追っていき、やがて登りが始まる。海岸沿いのバイパスなどない時代は、海ぎりぎりまでせり出した山中を進むしかなかったのだろう。仕方あるまい。 すると…舗装路が途絶え、目の前には墓地が!墓地の真ん中に細い道があり、それは目の前に立ちはだかる山の中へと消えていく…。 |
![]() ↑黄色い矢印が旧東海道…は山の中へと消えていく。「かつぎ」いきまーす! |
|
| 墓地の前で休憩していたハイカーのおばさんたちにこの先の道について尋ねてみるが、この墓地の中を通っていくしかないという。さらに内陸側に迂回すれば他にもルートがありそうだったが、さらに標高の高い峠を越えるはめになるのだろう。ここを突破した方がいいか…。 自転車を手押しして墓地の中を歩き、山の中に入っていく。そしてそこは…もはやランドナーを持っていくようなところではなかった。ごくごく普通の階段つきハイキングコース。手押しでは自転車を持ち上げられず、フレームの三角の中に肩を入れて、全身で荷物つきのランドナーをかつがなければならない。ヒー! 道(というか階段)はさらに狭く急になり、ところどころで休憩して息をつぐ。手ぶらで登っていても両膝に手をつきたくなるようなどえらい階段だ!ヒー! 稜線上に出ると、眼下に太平洋、国道1号、東海道線が見えてきた。うわっ、こんなに登ったのか〜。 |
![]() ↑ここまで「かつぎ」で登ってきた。眼下に見えるのは東海道線の線路と、国道1号。往路では眼下の国道を走っていたのだ。 |
|
| 先ほどのハイカーのおばさんたちに追いつかれ「うわー、やっぱり若い人はちがうねー」と言われる。若くても、しんどいことには変わりがないですハイ。 ぜぇぜぇはぁはぁと息をつぎ、ようやく登り終えた。すると峠のピークのあたりには、売店や駐車場があるではないか。なるほど、東側からだとクルマで登ってこれるのか。売店の人からは「あれまーここまで自転車で!?ときどきいるわよねー」と言われる。 そしてすぐ近くには、もう1本内陸よりの細い急坂があり、これはいちおう舗装されていた。しかしこちらも坂の傾斜がしゃれにならない。 |
![]() ↑やっと平らになりやがった。自転車に乗って徐行。 |
| しばらく息を整え、あとは下るだけだ。さあ自転車に乗って軽快に…と思ったら、まるで大阪府〜奈良県境の暗峠を思わせるような、前につんのめりそうな急坂で、息を止め(??)ブレーキを握りしめながらの下りとなってしまった。 ソロソロと坂を下り、やっと峠越え終了。 振り返ってみると、ありえない傾斜の登り坂が目の前にあった。今回は下りだったからいいようなものの、いくら交通量が少ないとはいっても、東側からだったらここを登ろうとは思わないだろう。この区間は国道1号の方が自転車推奨ルートだな…。 |
![]() ↑ソロソロこわごわと下りてきた道。国道を避けて、ここを登ろうとは思わない。 |
| 峠越えで思わぬ苦戦を強いられた。先を急ごう。往路ではこの区間も国道1号を通っていたが、今日は引き続き旧道を走る。往路では通ることが出来なかった西倉澤の旧宿場町が続いているのだ。関や由比などと似たような道が続き(ただし西倉澤は関ほどは観光地化されていない)、緩く蛇行する道を通り抜けていく。ただし、日曜日だからなのか、散策する行楽客もいて、ややスピードを加減しながらの探索となった。 西倉澤から、往路でも通った由比、蒲原と旧道をトレースし、やがて富士川を渡る。往路と同じルートだ。富士川を渡ったところで昼飯。定食屋でランチセット500円を一瞬でたいらげる。そしてお会計…ん?これがそうか!初めて見る野口英世の新1000円札がお釣りに出てきた。新札は使わずとっておきたくもなるが、しかし本当に取っておくべきなのはやがて消えゆく夏目漱石の旧札の方なのだろう。 富士市内では国道1号は自動車専用バイパスとなっているので、ずーっと国道139号を使って東進する。ところどころで国道をあえて外れてみたりもしたが、収穫に乏しかった。 吉原の製紙工場群を抜け、田子の浦からは海寄りのルートだ。旧東海道はもっと内陸を通っているはずだったが、ここから先は海岸沿いルートを選んでいく。往路よりも1本海に近いルートを選び、順調に東へ、東へと進んでいく。 そのまま沼津中心街に到着し、御殿場に向かうには市街地を通り抜けて東海道線の下をくぐり、北へと進路を変えなくてはならない。市街地の通り抜けに意外なほど時間を食った。人混みやクルマの数がすごいのだ。地方道22号の細い登りを通って、国道246号を目指す。いわゆる「にーよんろく」で、東京在住の方もご存知の通り、渋谷から伸びている道路だ。 しかしなるべく幹線道路を避ける方向で探索しているので、246は使わず、JR御殿場線と平行している県道394号を使って登る。おそらく、今回の旅行で最後の登りとなるはずだ。格別ラクでもなく苦しくもなく、時速15キロ前後でキリキリと登っていく。坂の傾斜よりも、道路が極端に狭く、すぐ近くをクルマがかすめていくことの方が気になった。 そして5時、御殿場ユースに到着!…今日は静まりかえっているなぁ。 当日予約で夕飯はないので、外に食べに出かける。御殿場ユースは市街地よりも高いところにあるので、帰りはまた登りだ。それはしんどかろうと思い、フロントバッグもサドルバッグも両方外した空身の状態で出かけることにした。そうしたら、ランドナーは驚くほど軽かった。え、オレの自転車ってこんなに軽かったのかぁ?…考えてみれば、ここ数日間、荷物を完全に外して自転車に乗ったことはなかった。 こんなに軽い空身の状態だったならば、鈴鹿でも、もしかして180キロいけたのではないか?という考えが頭をよぎるが、いやいやいや待ちなさい。あれはあれでよかったのだ。斤量を背負って出場するというところがミソだったわけで、空身で出した記録に意味などはない。 さあ、どこで夕飯食べようかな。たしか前回来たときは一人で焼き肉屋に行って、焦げまくったっけ。今回は…無難に普通のファミレスにしよう。ジョナサンで…2000円分も一人で食べてしまった。コンビニで買い物をし、宿に戻り、ロビーのテレビをつけ、一人で大河ドラマ「新選組!」を見る。そうか、もう坂本龍馬は暗殺されてしまった後だものな…。帰ったらビデオ見なければ。 ユースには他にも客が入ったようだが、全体にシーンとしている。前回来たときとはずいぶん様相がちがうなぁ。 そういえば今日は、疋田さんの講座で知り合った人たちが、鎌倉でポタリングオフ会を開いていたのだっけ。帰りが間に合うなら参加したかったが、それはさすがに無理だった。まあ明後日になればみんなとは再会できるよな。 さあ、いよいよ明日は東京に帰る日だ!ここまでよく走ってきた。 |
| →次のページへ |
| ←前のページへ |
| →自転車旅行トップへ戻る |
|
日付
|
タイトル
|
走行距離
|
宿泊
|
|
まえがき
|
|||
| 10月27日 | サイバーチャリダー、箱根を登る。 |
96km
|
箱根レイクヴィラユースホステル |
| 10月28日 | 意外に楽勝国道1号。 |
117km
|
ホテルユートリー |
| 10月29日 | 国道1号も捨てたもんじゃない。 |
74km
|
清風荘 |
| 10月30日 | 酷道1号の雨。 |
98km
|
愛知県青年会館ユースホステル |
| 10月31日 |
-
|
愛知県青年会館ユースホステル | |
| 11月1日 | ついに鈴鹿に到着! |
71km
|
コンフォートイン鈴鹿 |
| 11月2日 |
53km
|
コンフォートイン鈴鹿 | |
| 11月3日 | 鈴鹿8耐参戦レポート。 |
153+20km
|
コンフォートイン鈴鹿 |
| 11月4日 |
115km
|
愛知県青年会館ユースホステル | |
| 11月5日 | ちゃりログが必要なルートとは。 |
102km
|
浜名湖ユースホステル |
| 11月6日 | 再びレース。最高記録更新を目指せ! |
176km
|
ホテルサンポート |
| 11月7日 | ユース開眼の地、御殿場へ。 |
81km
|
御殿場ユースホステル |
| 11月8日 | ただいま戻りました! |
113km
|
- |
| あとがき | |||