11月3日:鈴鹿8耐参戦レポートその7〜そしてレースは終了した〜

 午後4時、ちょうどスタート地点付近を走っていた。残り15分で1周。15分までにゴールを抜けられればさらにもう1周できる。飛び込めるか??

 とはいっても、何としても15分までに飛び込んでやる!という元気は湧いてこなかった。とりあえずこれまでどおり粘り続け、ラスト近くでまだ脚が残っていれば思いっきり踏み込んでいこう…。ラスト1周の(自分だけの)ドラマチックな展開を呼ぶような力はとうに尽きていた。ホームストレッチを登り切り、シケインを越え、西ストレートのさらにきつい登りをこらえながら走る。

 ん?今までも何度か遭遇したアメフトチームだ。4台編成のうち1台が止まっている…ああ、チェーンが外れてしまったのか。ラスト近くで災難なことだ。しばらくたって先行する3人が1人遅れていることに気がついたようだ。横を通り抜けるとき、彼らに「一人チェーンが外れていましたよー」と教えてあげる。

 ラスト近くだからこうやって声もかけられたけれど、これまでだったらもう自分のことだけで一杯一杯だっただろう。

 スプーンカーブを右に曲がり、ヘアピンカーブでハンドルを切り、さあ、あとは下り基調だ。せめてここだけは。

 そして最後の長い下り区間、ここぞとばかりギアを重くし、思いっきり踏み込んでいく!!さあ、あと少しだ。S字カーブを次々と越え、最後のコーナーを曲がり、これまで何度もへたりこんだソロのピット前を通り過ぎ、おそらく最後のホームストレッチ。ギアはほとんど軽くせず、グイグイとペダルを回していく。メーターを見ると時速20キロ以上。ほとんどの時間、このホームストレッチは時速15キロ以下だったが、最後だけはスタート直後と同じスピードが出ていた。

 うー、ゴールが近い!もうすぐそこだ〜。というところで目の前でチェッカーフラッグが振られた。次の周回には入らず、このゴールで終わりだ。

さあっ、ゴールだ。表情に笑みが。

 終わった。ついに終わった。8時間走りきってしまった。ホッと自分の顔がゆるむのが自分でも分かった。じわじわあふれてくる満足感でいっぱいだ。メーターの積算距離を見ると、この8時間で走れたのはわずか153キロ。レース前の野望から考えれば完敗だった。けれど、そんなんは今はもうどうでもええこっちゃ。とにかく頭の中を空っぽにして、ただひたすら全力でガーーーっと何かをやるっていうのが気持ちよかった。こんなことは久しくなかったことだ。

 自転車のスピードを落とし、ホームストレッチをさらに進んだところにある帰還コースの車列に入る。いやぁ、東京から鈴鹿サーキット、そしてサーキット内と、自転車の軌跡をつなげてしまったなぁ。我ながらアホよなぁ…フ・ハ・ハハハ!自分でもこのナンセンスさに腹の中で笑ってしまう。

 チームピットへと下る途中にロードレーサーに話しかけられた。「東京からですか!?」「ハイ」「え、帰りも自走するんですか?」「そうです。明日から東京に引き返します。だいたい輪行袋もないし」「それは忘れたとかじゃなくて最初からやる気満々で?」「そうですよ〜走る気満々」「へ〜〜」…感心と驚嘆の表情だった。ハンドルにつけていたGPSにも気づいたようで「最近の人はこういうのも持っているんですよねー?」「東京から走ってきた軌跡を記録したかったんです」「でもデータの容量があふれませんか?」「ポケットPCも持ってきて、それに流すんですよ」「へ〜〜」…いやホント、オレってば鈴鹿サーキットまで来て何やってるんやろ?このミスマッチぶりに自分で酔ってしまうのだった。

 チームピットのMC-1チームの皆はすでに撤収していた。なぜなら東京からやってきた彼らは明日また仕事で、いつまでも油を売ってはいられないからだ。そうだよな、普通はそうだよな。こんな遊んでいられるのは、勤めていないからだよな。そういえばレース中に中越地震への災害義援金の呼びかけが流れていたけれど、こんなときに自転車で遊んでいた自分はいったい何なんだろうとフト思う。…今は感謝しておくよ、自分の境遇に。

 ソロのピットに置いた荷物を回収し、トボトボとホームストレッチを登り直す。きーさんもすでにゴールし終えていた。では、とりあえず表彰式でも見に行きますか。抽選会の申し込みもしないと。それにしても数百メートルの登りでさえも、数キロの峠に思えてしまう。はぁーしんどいなぁ〜よたよた、フラフラ〜。自転車を壁に立てかけ、地面にヘタりこむ。空はどんどん暗くなり、そして風が冷たい。さ、寒いなぁ〜。レース中はあんなに暑くてたまらなかったのに。

 まずは正統派の勝負にこだわる選手たちの表彰式。いったい彼らはどのくらい走るのだろう?え?52周?53周?なんと8時間で300キロ以上も走ってしまうのだった。きっとピットで休憩とか、しないんだろうなぁ〜?チーム部門とソロ部門の記録がほとんど変わらないというのにも驚いた。僕はおそらく2時間近く休憩してしまったはずだ。そりゃ180キロとか無理だよなぁ。

 そしてパフォーマンス部門。僕もレース中に目にしたメイドさんチーム、そして何チームか見かけたチアガールのうち青いチアガール、ああ、あれがやっぱりレース中にアナウンスされていた一男九女チームだったんだ!?よかったですねぇ〜狙って獲れて!…がまず表彰された。うーむしかし僕のひいきの新幹線のエンペラー氏はダメだったのか〜残念…と思ったら、パペットマペット氏と新幹線氏も追加表彰されたのだった!おお、よかった。

 その後抽選会をボンヤリと、しかしひそかに期待しながら見物する。折り畳み自転車やロードレーサーの現物ももらえるのか。豪華だよなぁ、けどオレに当たっても、ランドナーで自走しないといけないからムリだぜ?などと、余計な心配もしてしまうが当たるはずもなく、大会プログラムはすべて終了した。

 よたよたと歩き、自転車にまたがり直し、サーキットを出る。きーさんはサーキット隣接の宿だが、僕はまた白子駅前まで約6キロの道のりを走り直さなくてはいけない。だいぶ冷えてきた。早く宿に帰ろう…。下り基調なのは嬉しいけれど、寒い。今年は天気に恵まれたけれど、去年は雨だったよなぁ、たしか。去年僕は雨に打たれながら阪神タイガースの御堂筋パレードを見物していたなぁ…。雨の中、8時間とか絶対ムリ。

 宿に戻ってくると、駐車場でママチャリをいじっている人の後ろ姿が見えた。ホテル備え付けの自転車を修理でもしているのだろうと思い、僕はそのまま自転車を止めロックする。するとそのママチャリ氏が振り向き、話しかけてくる。「あれ?東京から来たんですか?」ん?あ、ああ、この人も選手だったんだ!聞けば彼は第1回からママチャリで東京から参加しているそうで、輪行袋に詰めるべくママチャリの前輪を外しているところだった。東京から…毎年…しかもママチャリ…しかも電車で輪行…。お互いアホなことやりよるよねぇホンマ、あははっ。本当の英雄は彼らママチャリダーだ。彼はもうチェックアウトを済ませ、今日の電車で帰るという。そりゃ普通はそうだろうなぁ。

 僕は今日もここに泊まる。もうおなじみとなったフロントのホテルマン氏から「おつかれさまでした。明日も早く出かけられるんですか?」ときかれる。そうだ。今日は出発が早いので解錠を早めてもらったんだ。明日は遅寝したい!ブンブンブンと首を振って「いやいやいや、明日はゆっくりします」と答える。もうしんどい。今夜はゆっくり休みたい。

 さあ、東京へ帰ろう。旅行もやっと折り返し地点だ。


↓GPSに記録されたデータの一部。緑色がこの日走った軌跡。コースそのままの軌跡が描かれている。


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