10月30日:酷道1号の雨。

走行距離:98km
ルート :新居〜豊橋〜岡崎〜名古屋
宿 泊 :愛知県青年会館ユースホステル


 7時20分起床。バッと外を見る。どんよりくもってはいるものの、まだ雨は降っていない!なんだーけっきょく昨日は丸1日雨が降らなかったということか。もっと西まで行けていたなぁ。豊橋までは行けていたなぁ〜。

 テレビをつけるとイラク人質事件のニュース。情報が錯綜しているようだった。リッツを朝食代わりに食べ、名古屋市内のユースホステルを予約し、8時45分ようやく出発。今日は西から降り始める雨につかまる(というかぶつかる)前にどこまで距離を稼げるかがカギだ。

 昨日に引き続き、国道1号を西進する。新居を過ぎると豊橋に向かって登りが始まる。潮見坂という峠があって、この近くにも旧道があるはずだったが、その探索は帰りにするとしよう。雨が降る前に、雨が降る前に、とペダルに載せた足が追い立てられるように回転する。

 豊橋以降は歩道が狭く、たいへん走りにくい。周りも市街地が連続して連なっており、何の面白みもない。ただ前を向いてひたすら進むだけだ。雨が降る前に、雨が降る前に。ところどころで旧道への入口らしきものが見えるが、その探索は帰りにやればいい。今日もひたすら進むのみだ。

 12時半頃、岡崎城前を通過する。いやー今にも雨が降ってきそう。12時45分、いよいよ雨が降ってきた。つかまったかー。名古屋はまだまだ先だ。

 コンビニに立ち寄り、牛丼を買って駐車場の軒下で立ち食いをし、そして防水の支度をしなければ。雨ガッパを着込み、フロントバッグとサドルバッグには防水カバーを掛ければOK。問題は足だよな…。足先が冷えると元気が出ないし、今回はいている靴はテニスシューズ。防水性などまるでない。いったん濡れてしまえばこの時期、容易には乾かないだろう。

 そこで一計を案じ、テニスシューズをコンビニのビニル袋でスッポリと包むことにした。足をビニルの中に入れ、持参してきた布テープでところどころを留めればOKだ。ちなみに布テープはもちろん本体そのまま持ってくるのではなく、テープ自身を芯にしてクルクルと巻き取ったものを用意している。
 
↑これならそう濡れることもないだろう。

 雨に打たれながら暗い気分でペダルを回す。国道1号は静岡県内よりも狭く、そのくせ交通量は静岡県内よりもはるかに多い。ひっきりなしに横を大型トラックなどが通り抜けていく。

 快適ルートの探索は、静岡県よりもむしろ愛知県内でこそ必要なのかもしれない。愛知県内は、国道1号以外の選択肢があまりないのだが…その探索は帰りにやるとしよう。

 2時過ぎ、パンクする。プヒャンっと後輪が一瞬沈み込むのが分かった。さわってみるとやっぱり圧が抜けている。夏に白川郷に行ったときと同じような状態だ。なんか、1.25のスリックタイヤに変えてからしょっちゅうパンクするなぁ。自転車旅行でパンクするのは、ママチャリ時代を最後にまったくなかったのに。

 ちくしょう、雨の中修理かーイヤだなぁと思ったら少し先にガソリンスタンドがあったので、そこの軒先を借りることにした。パンクしたチューブの穴はすぐに発見できた。タイヤに刺さった金属片もすぐに発見できたが、なかなか抜き取れない。うぐぐ・・・ちくしょー。

 この先もまたパンクするかもしれないので、予備のチューブは使わずに真面目にパッチを貼って修理する。
 
↑パンクした箇所。金属片がブスリと刺さっているのが分かる。

 パンク修理と再パッキングを済ませたとき、すでに40分近くが経過していた。とんだロスだ…。再び雨の中出撃するが、よりいっそう酷い降りになっていた。あー名古屋はまだか〜。

 昼も夕方も空の明るさが大して違わないなか、ようやく名古屋市内に入ったようだった。相変わらずドボドボドボと雨は降りしきる。名古屋市内に入ったといっても、名古屋市はべらぼうに広く、ユースのある名古屋中心部まではまだまだ遠い。大通りに疲れ、脇道に入って息をつく。古い家屋が続いており、なんだかやけに走りやすい…なんだここは?道は微妙に蛇行している。都会の中の旧市街地?(帰りにここが旧東海道であることが判明)

 旧市街地らしきところを抜けて、ようやく名古屋の中心部へ。名古屋市は道路整備が進んでおり、環状道路や碁盤目の通りがきちんとしている。いちおう自転車走行レーンもあるのだが、これは歩道を塗り分けしただけのあまり意味のないものだ。名古屋市街地に入ってからは道に迷ったりすることもなく、午後5時、ようやく愛知県青年会館ユースに到着した。雨の中ブレーキを酷使したせいか、ブレーキシューが一気に摩耗していた。これは交換しないとなー!

<宿にて>

 宿は、中国人2人と相部屋だった。一人は上海から日本の技術会議にやってきたチン・タオという男。大学で助手をしているらしい。もう一人はマ・ミンリーという香港出身の観光旅行者だった。チン・タオは僕と同じ年くらい、マ・ミンリーは少し年下というぐらいだろうか?

 2人は中国語と英語ができるが日本語ができない。僕は日本語ができて英語もほとんど分からず韓国語はかろうじて旅行に困らないぐらいのレベル(第二外国語で習っていた)中国語なんて全然わからない。だから僕には英語でしゃべってもらった。2人は中国語で話しているときはまったくついていけず、相部屋なのにものすごい孤独感だ。うーむ。

 お互い何をやっているのだとかどこから来たのだとかよくある話をするのだが、アジアの大学生や院生って、きっと日本の大学生や院生以上の、本物の知識人なんだろうな。

 2人は夕飯を一緒に夕飯を食べに出かけ、僕も荷物を整理し、夕飯を食べに外へ出る。傘を持っていないので雨ガッパだけを身につけて外へ出る。無難にすき家でセットメニューを(2人分)たいらげ、コンビニで買い物をする。宿に戻って風呂に入り、冷えた体を温めた。

 やがてチン・タオとマ・ミンリーも戻ってきたのでまたいろいろと話をする。マの旅行の日程をきいたところ、成田に上陸し、その後新幹線で福島県に向かい「五色沼」を見てきたという。また東京に戻り、東京見物。そして箱根で温泉に入り、富士山を眺め、名古屋見物、そして京都・奈良にも行き、最後は大阪から帰るという。箱根や京都・奈良はいいとして、五色沼というのがよく分からなかった。

 五色沼というのは福島県の裏磐梯にある名勝で、水の成分や沈殿物、光の当たり方などによってさまざまな色に変わるというところだ。五色沼という名前の沼はここに限らず、各地にある。たとえば秋田・岩手の県境にある八幡平にも五色沼はあった(自転車旅行で到達済み)。
 …それはきっと見ものなのだろうが、わざわざ東京からそれだけのために新幹線に乗って見に行くほどのものなのだろうか?東京から郡山までは、特急券込みでたしか片道7000円以上するはずだ…と思ったが、きっと我々日本人も、外国旅行では地元国民が「なぜそんなところへ?」と思うような場所をありがたがって見に行っているのだろう。

 彼はこの後奈良にも行くとのことだったが、予定表を見たら大仏殿だけではなく、二月堂や三月堂、正倉院、春日大社、なども網羅されていた。お、結構わかってるやんか。ついでにいうと奈良には他にも見どころがありまして…というのは遠方から来た人には分からないことだろう。たとえば大阪との境には暗峠(くらがりとうげ)という峠があり、ここを自転車で登るとたいへんな目にあう…などということは海外からの旅行者には分からないだろうなぁ。

 彼らは地元の食べ物をいくつか持ってきていた。そして部屋に備え付けの湯飲みにそれらを移し、3人で手づかみで食べた。結構いけるなーというのもあれば、これは口に合わないという物も。しかし結局3人でたいらげてしまった。

 それにしても今日は半日雨に降られ通しで疲れた。明日は名古屋に連泊して体勢を整えよう。

次のページへ
前のページへ
自転車旅行トップへ戻る

日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
久々の自走旅行。
10月27日 サイバーチャリダー、箱根を登る。
96km
箱根レイクヴィラユースホステル
10月28日 意外に楽勝国道1号。
117km
ホテルユートリー
10月29日 国道1号も捨てたもんじゃない。
74km
清風荘
10月30日 酷道1号の雨。
98km

愛知県青年会館ユースホステル

10月31日

名古屋に初めての滞在。

-
愛知県青年会館ユースホステル
11月1日 ついに鈴鹿に到着!
71km
コンフォートイン鈴鹿
11月2日

嵐の前の旧道探索。

53km
コンフォートイン鈴鹿
11月3日 鈴鹿8耐参戦レポート。
153+20km
コンフォートイン鈴鹿
11月4日

旧道探索、スタート。

115km
愛知県青年会館ユースホステル
11月5日 ちゃりログが必要なルートとは。
102km
浜名湖ユースホステル
11月6日 再びレース。最高記録更新を目指せ!
176km
ホテルサンポート
11月7日 ユース開眼の地、御殿場へ。
81km
御殿場ユースホステル
11月8日 ただいま戻りました!
113km

-

あとがき

なんちゃってチャリダーの金字塔。



トップページ自転車旅行に出かけよう自転車に関する私的考察始末記管理人よりメルマガGPS