9月16日:さらば遠野。

走行距離:走行なし
ルート :遠野〜(自動車に便乗)〜花巻〜(新幹線)〜東京


 最後の朝はみんなと食卓を共にする。ああ、今日帰らなくては行けないなあ。明日から仕事だなあ。すでに自転車をユースに預け、1週間後の3連休にまたやって来るということでペアレントさんと話はついているので、今日は帰るだけだ。

 ところが出発する段になって、遠野と花巻を結ぶ釜石線の土砂流出のニュースが飛び込んできた。なんてこった、電車では帰れないというのか。復旧のメドは立たず、代替バスを待つしかないという。しかし!10時頃出るという自動車の男が花巻まで送ってくれるという。おお大助かり〜。ユースでしばらくヘルパーをしていたお姉さん2人と、僕と、その運転手の男が乗ることに。

 なお、前日ですでに8連泊目だった大阪の女の子チャリダーは、この日帰るつもりだったらしいが、電車不通のニュースを聞いて「そんなややこしいんやったら」ということで、この日も連泊するという。実家からは早く帰ってこいとうるさいらしいが、しかし帰らなくていいのはうらやましい。さすが学生。

 チャリダー男衆が出発。みんな玄関先に出て送りだすのが遠野ユースの風習。連泊者たちもユースのレンタサイクルに乗って出かけていく。前日とは打って変わって、カラリと晴れ上がった青空よ。残された帰るわれわれも、いよいよ出発。ああ寂しいなあ。わが愛車ともしばしの別れ。ユースの駐輪場に置かせてもらい、自分は自動車に便乗。

 10時半、道の駅遠野でみんなしてお土産を買う。銘菓「かもめのたまご」…遠野特産ではないが、全国的に有名な東北のお菓子らしい。重量感が決め手となり、購入。

 そして、さすがに自動車は速い!ぶ〜〜んと釜石街道を走り抜け、12時過ぎには新花巻に到着。お姉さん達は新幹線へ。僕はロッカーに荷物を置いて宮沢賢治記念館へ。

 宮沢賢治…そんなに読んだことないけれどなあ。風の又三郎、なめとこ山の熊、よだかの星、グスコーブドリの伝記、くらいかなあ、覚えているのは。あと彼自身の伝記も読んだことがある。たしか創作のみならず、農業改良、地質学、教師、工場技師など、さまざまな分野で才能を発揮したと記憶している。
  はたして宮沢賢治記念館は、そんなさまざまな顔を見せる宮沢賢治の全体像に迫ろうというものだった。帰ったら読み返しておこうかなあ。
 宮沢賢治記念館併設のレストラン「山猫軒」で定食を食べ、再び新花巻駅へ戻る。さあ、あとは本当に帰るだけだ。

 しかし!いよいよ帰りの新幹線の切符を買うというときになってはじめて、手持ちの現金が足りないということに気がついた。なんということだ…。東京まで新幹線で帰ろうと思ったら1500円ほど足りないのだ。顔からスーっと血の気が引くのが自分でも分かった。駅員や売店の店員に休日でも下ろせるATMが近くにあるかどうかを尋ねるが、花巻市中心部か北上市街まで出ないと、ないのだという。なんてこった…。

  慌てて新幹線の時刻表と料金表を見比べる。なるべく東京に近づけるようギリギリの金額まで新幹線に乗って、その後鈍行を乗り継いで、何としても今日中に東京に着かなくてはならない。どうやら宇都宮までは新幹線に乗れるようだ。そのかわり、途中で飲み食いは200円分しか出来ないし、家に着くのもえらく遅くなってしまう。くそ…。
 今思えば旅行の一日目、台風通過直後の郡山で、テント泊をあきらめビジネスホテルに泊まったことがそもそもの誤算だった…。うーむ。

 しかしまあ家に帰れることが分かったので、安心して乗り込む。福島で、宇都宮に止まる新幹線にわざわざ乗り換え、宇都宮からは東北本線の鈍行。はぁ〜〜〜〜。結局家には夜の11時に着いた。はぁ〜〜〜。

 旅は、1週間後の3連休に続く。


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日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
見どころ満載、観光もしたいではないか。
9月11日 不安のつきない出発。 - ビジネスホテル増花
9月12日 激走国道4号。 136km メイプル仙台ユースホステル
9月13日 続・激走国道4号。 114km 北上川・高舘橋下(テント)
9月14日 君は「炎(ほむら)立つ」を見たか 82km 遠野ユースホステル
  遠野ユースホステルでの一夜。    
9月15日 初の連泊・遠野ポタリング。 75km 遠野ユースホステル
9月16日 さらば遠野。 - -
       
9月22日 また来た遠野。 - 遠野ユースホステル
9月23日 岩手山に励まされ。 121km 八幡平ユースホステル
9月24日 決戦わんこそば。 - -
あとがき 制約された自由の中で。

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