あとがき:オレの勲章はオレのもの。

走行距離:約1566km


<一人でどこにでも行けるし、一人じゃどこにも行けない>

 自分の力で自転車をこぎ、そして走りきる。一人でここまでやれるとは、本当に嬉しいかぎりです。就職前の、最後の長期旅行のチャンス、本当に出かけてよかったです。本気で何かをやり遂げるというのはやはり痛快でした。いやぁオレってぱ生きているなあというかんじです。己れの存在を大いに確かめることが出来た3週間でした。

 いっぽうで、道中、多くの人に助けられたなあというのもまぎれのない実感です。道を教えてくれたとかキャリアが壊れたときにボルトを分けてくれたなどといった次元ではなく、旅先で出会ったさまざまな人とお話をすること自体、今回の旅行の大きなエネルギーの源となりました。

 誰に気兼ねすることなく、自分の思うがままに、行きたい場所へ行きたいように行けるので、僕は一人旅推奨派です。けれどもし、最初から最後まで本当に一人ぼっちの旅行だったら?・・・それはもう野垂れ死に間違いなしですね。人との出会いが会ってこその旅である、そんな当たり前のことにあらためて気づかされた今回の自転車旅行でした。

 この旅行記では、自転車走行中の出来事のほかに、特に<宿にて>という項目を立てて、旅先、特にユースホステルで出会った人たちとのやりとりを再現してみました。一人旅は好きだけれど、本当に一人じゃ寂しい、そんな方にはぜひユースホステルを利用していただきたい。この旅行記は、自転車旅行の記録であるとともに、ユース宿泊記でもあるのでした。

<いつまでも、これからも>

 この旅行の後、4月から本物の社会人として毎日働いているわけですが、これだけの長距離旅行は、もう二度と出来ないでしょう。しかし、自転車旅行がこれで終わったわけではありません。これからも、時間が許すかぎり、走り続けます。泊まり続けます。

 仕事が忙しかったり充実するのは大いに結構ですが、仕事以外にもいろいろな引き出しがあった方がいいことは間違いありません。仕事と非日常の趣味、お互いがいい影響を与え合えばなあと思います。

 これからは、社会人なりの時間の使い方で、旅を続けることになるでしょう。

 自転車旅行についてだけ見ても、まだ野宿をしたことがないし、装備の準備やルートの選択、走行計画もまだまだ未熟だし、やり足りないことだらけです。信州を走りたい、東北にも行きたい、そして、北海道を走りたい。今度はしっかり観光もしてみたい。

 というわけで、これからも「なんちゃってチャリダー」の記録は続きます。

前のページへ
自転車旅行トップへ戻る

日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
ついに、このときが。
3月3日 キミは、登りきることができるか。 100km 箱根レイクヴィラユースホステル
3月4日 土砂降りの雨、一車線の人生。 106km 焼津セントラルホテル
3月5日 東海道しっかりせよ、怒り号。 100km 浜名湖ユースホステル
3月6日 一筋に、一筋に、無敵の男。 95km 愛知県青年会館ユースホステル
3月7日 天からミゾレの関が原。 110km 近江八幡ユースホステル
3月8日 転勤族の故郷とは。 83km 実家
3月9日 作戦変更。 実家
3月10日 父子伴走。 71km ビジネスホテルともえ
3月11日 瀬戸内旅情で休んだ。 82km ユースホステル浄運寺
3月12日 口角泡を飛ばした夜。 93km 倉敷ユースホステル
3月13日 決断のとき。 94km 瀬戸田ユースホステル
3月14日 春のうららの海だわさ。 89km 松山ユースホステル
3月15日 九州上陸作戦。 35km 別府ユースホステル
3月16日
神が舞い降りた日。
126km
シティホテルプラザ延岡
3月17日 ひとり上手と呼ばないで。 88km 宮崎県婦人会館ユースホステル
3月18日 ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 59km 都城ユースホステル
3月19日 桜島だ、いよいよ。 69km 桜島ユースホステル
3月20日 ずっこけるな、三人組の大競争。 49km 圭屋(たまや)ユースホステル
3月21日 佐多岬はるかなり。 22km 錦江湾サウスロードユースホステル
3月22日 決戦、あばよ、早くー。 58km JR志布志駅待合室
3月23日 さらば、さらば。 1km 大島汽船「ありあけ」2等席
3月24日
日常へ。
34km
あとがき オレの勲章はオレのもの。

トップページ自転車旅行に出かけよう自転車に関する私的考察始末記管理人よりメルマガGPS