走行距離:34km
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目が覚めると午前10時。朝飯を食い逃がしてしまったか。仕方ないので売店で菓子を買って食べる。 到着までにはまだ時間がある。船は太平洋を突き進む。突然船内放送が流れた。 しかし船の中では相変わらずすることがない。旅の記録も一通り、最終日の分までつけてしまったし。…再び、今度は別の歴史小説を読むことにした。 やがて船は浦賀水道を通り、東京湾に入る。船の上から房総半島の海岸が見える。あのへんは、大学1年の頃に初めての自転車(ママチャリ)旅行をしたときにも通ったはず。うーむ、当時はまさかその後自分がこんなに自転車で走ることになろうとは、夢にも思わなかったよなぁ…思えばずいぶん遠くまで来てしまったものだ。そして、出来ることならこれからも遠くまで走り続けたい。 船は東京湾横断道路の中継地「海ほたる」の横を通りすぎ、そして、東京港有明埠頭に到着した。 東京は人が多い。車も多い。これこそが東京。帰ってきてしまったなぁ。残念に思う気持ちと、ホっとする気持ちが相半ばするのは旅行の常か。 ここから先は、何度となく自転車通勤で通った道だ。車の多い大都会を走り抜け、やがて自分のアパートにたどりついた。ついに、戻ってきた。戻ってきたのだ。 |
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日付
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タイトル
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走行距離
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宿泊
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まえがき
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| 3月3日 | キミは、登りきることができるか。 | 100km | 箱根レイクヴィラユースホステル |
| 3月4日 | 土砂降りの雨、一車線の人生。 | 106km | 焼津セントラルホテル |
| 3月5日 | 東海道しっかりせよ、怒り号。 | 100km | 浜名湖ユースホステル |
| 3月6日 | 一筋に、一筋に、無敵の男。 | 95km | 愛知県青年会館ユースホステル |
| 3月7日 | 天からミゾレの関が原。 | 110km | 近江八幡ユースホステル |
| 3月8日 | 転勤族の故郷とは。 | 83km | 実家 |
| 3月9日 | 作戦変更。 | − | 実家 |
| 3月10日 | 父子伴走。 | 71km | ビジネスホテルともえ |
| 3月11日 | 瀬戸内旅情で休んだ。 | 82km | ユースホステル浄運寺 |
| 3月12日 | 口角泡を飛ばした夜。 | 93km | 倉敷ユースホステル |
| 3月13日 | 決断のとき。 | 94km | 瀬戸田ユースホステル |
| 3月14日 | 春のうららの海だわさ。 | 89km | 松山ユースホステル |
| 3月15日 | 九州上陸作戦。 | 35km | 別府ユースホステル |
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3月16日
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126km
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シティホテルプラザ延岡
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| 3月17日 | ひとり上手と呼ばないで。 | 88km | 宮崎県婦人会館ユースホステル |
| 3月18日 | ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 | 59km | 都城ユースホステル |
| 3月19日 | 桜島だ、いよいよ。 | 69km | 桜島ユースホステル |
| 3月20日 | ずっこけるな、三人組の大競争。 | 49km | 圭屋(たまや)ユースホステル |
| 3月21日 | 佐多岬はるかなり。 | 22km | 錦江湾サウスロードユースホステル |
| 3月22日 | 決戦、あばよ、早くー。 | 58km | JR志布志駅待合室 |
| 3月23日 | さらば、さらば。 | 1km | 大島汽船「ありあけ」2等席 |
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3月24日
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34km
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| あとがき | オレの勲章はオレのもの。 | ||