3月24日:日常へ。

走行距離:34km
ルート :太平洋〜(フェリー)〜東京港
      〜世田谷


 目が覚めると午前10時。朝飯を食い逃がしてしまったか。仕方ないので売店で菓子を買って食べる。

 到着までにはまだ時間がある。船は太平洋を突き進む。突然船内放送が流れた。
「えー、ただいま本船の右前方に、イルカの群れが見えております」
 ばたばたばたーと何人もの客が外に出ていく。僕もカメラを持って外に出た。イルカはどこだ〜?お!いるいるいるじゃないか。たしかに船の右前方、イルカが何匹も海の上をピョンピョンと飛び跳ねつつ泳いでいるのがはっきりと見える。いや〜いいもの見せてもらった。

 しかし船の中では相変わらずすることがない。旅の記録も一通り、最終日の分までつけてしまったし。…再び、今度は別の歴史小説を読むことにした。

 やがて船は浦賀水道を通り、東京湾に入る。船の上から房総半島の海岸が見える。あのへんは、大学1年の頃に初めての自転車(ママチャリ)旅行をしたときにも通ったはず。うーむ、当時はまさかその後自分がこんなに自転車で走ることになろうとは、夢にも思わなかったよなぁ…思えばずいぶん遠くまで来てしまったものだ。そして、出来ることならこれからも遠くまで走り続けたい。

 船は東京湾横断道路の中継地「海ほたる」の横を通りすぎ、そして、東京港有明埠頭に到着した。
 船を降り、自転車を組み立て直し、再び走り出す。もはや旅行中という感覚はない。ごく普通の、東京の街を走っているかんじだ。お台場やレインボーブリッジの側を走り抜ける。このへんにも、たしか去年の10月だったか、環八〜羽田空港経由で、自転車で日帰り走行したなあ。もう日常だ日常。

 東京は人が多い。車も多い。これこそが東京。帰ってきてしまったなぁ。残念に思う気持ちと、ホっとする気持ちが相半ばするのは旅行の常か。
 やがて渋谷に到着。今日は土曜日だけれど、いちおうバイト先の会社にも行ってみるか。忙しい時期だから、おそらく部署内のメンバー全員がいるだろう。自転車を止め、エレベーターで会社のフロアに上る。うーむ3週間ぶり、なんだか入りにくい気もする。そろ〜っと顔を出してみると、やはり全員出社していた。おつかれさまです。無事に帰ってきたことを報告し、しばし談笑。僕がいない間も、変わらぬ忙しさだったらしい。僕とは関係なく、世の中は動いているのだから、当然だけれど。月曜日から3月最終週だけ、再び出社すると伝えて、会社を後にした。

 ここから先は、何度となく自転車通勤で通った道だ。車の多い大都会を走り抜け、やがて自分のアパートにたどりついた。ついに、戻ってきた。戻ってきたのだ。


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日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
ついに、このときが。
3月3日 キミは、登りきることができるか。 100km 箱根レイクヴィラユースホステル
3月4日 土砂降りの雨、一車線の人生。 106km 焼津セントラルホテル
3月5日 東海道しっかりせよ、怒り号。 100km 浜名湖ユースホステル
3月6日 一筋に、一筋に、無敵の男。 95km 愛知県青年会館ユースホステル
3月7日 天からミゾレの関が原。 110km 近江八幡ユースホステル
3月8日 転勤族の故郷とは。 83km 実家
3月9日 作戦変更。 実家
3月10日 父子伴走。 71km ビジネスホテルともえ
3月11日 瀬戸内旅情で休んだ。 82km ユースホステル浄運寺
3月12日 口角泡を飛ばした夜。 93km 倉敷ユースホステル
3月13日 決断のとき。 94km 瀬戸田ユースホステル
3月14日 春のうららの海だわさ。 89km 松山ユースホステル
3月15日 九州上陸作戦。 35km 別府ユースホステル
3月16日
神が舞い降りた日。
126km
シティホテルプラザ延岡
3月17日 ひとり上手と呼ばないで。 88km 宮崎県婦人会館ユースホステル
3月18日 ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 59km 都城ユースホステル
3月19日 桜島だ、いよいよ。 69km 桜島ユースホステル
3月20日 ずっこけるな、三人組の大競争。 49km 圭屋(たまや)ユースホステル
3月21日 佐多岬はるかなり。 22km 錦江湾サウスロードユースホステル
3月22日 決戦、あばよ、早くー。 58km JR志布志駅待合室
3月23日 さらば、さらば。 1km 大島汽船「ありあけ」2等席
3月24日
日常へ。
34km
あとがき オレの勲章はオレのもの。


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