3月21日:佐多岬はるかなり。

走行距離:22km
ルート :指宿〜山川〜(フェリー)〜根占
       〜(バス往復)〜佐多岬
宿 泊 :錦江湾サウスロードユースホステル


 同室の連中は、朝早くから開聞岳登頂に出かけてしまった。遅れて僕も出発。もうガツガツ走らずとも、十分帰りのフェリーにだって間に合う。のんびりいこう、のんびり。

 日本最南端の駅「西大山」駅に向かう。いきなり峠に出くわすが、いくつかの峠越えをした後は、気持ちのいい、畑の中の一本道だった。…本当に気持ちのいい道。道の横には並行してJR指宿枕崎線の線路が一本、まっすぐ延びている。そして僕が走る正面には開聞岳がそびえている。開聞岳は左右均一というか、きれいなお椀型の山。ビジュアル的にかなり美しい山だ。

 そんな開聞岳を正面にとらえ、畑の中、日本最南端の駅、西大山に到着。駅といっても粗末なプラットホームが畑の中にぽん、とあるだけの無人駅。「日本最南端の駅」と書かれた標柱の前で開聞岳をバックに記念撮影。

 西大山を後にし、しばらく畑の間に延びる道を走り抜ける。日差しはすっかり春。自転車をこぎながら眠くなってしまう。今日は今走っている薩摩半島から、対岸の大隅半島に渡ればそれで終わり。これまでの旅行中、いちばんの心の余裕。

 10kmほど走ったところで山川港に着いた。ここから対岸の根占港までフェリーが出ているのだ。
 港の敷地内を徐行しているとき、突然ウエストバッグの中に入れていたPHSが鳴った。出てみると、僕の4月からの勤め先の人事課からだった。就職前の説明会の日程のお知らせだった。
 …実は、3月13日に採用者全員を集めての説明会があったのだが、この日はもちろん旅行に出かけているので、出発前に日程の変更をお願いしていたのだ。他にも13日に出られない人がいるというので、2度目の説明会を開いていただくことになっていたのである。民間企業だったら、果たしてこうまでしてもらえたかどうか…??
 重ね重ねお礼を申し述べ、電話を切った。…まさか九州の田舎、自転車にまたがってしゃべっているとは、向こうも思っていないだろうなぁ。

 フェリーの出発時間までまだ時間があったので、近くの店で薩摩揚げとソフトクリームを食べる。ウマイ。乗船場の横の公園で、昨日雨に濡れた防水シートを広げて乾かしていると、お?公園内にランドナー2台発見!装備もキャンプ道具一式そろえた、まさに本物のツーリング装備。はて、持ち主は……?と探すと、持ち主はカップルだった。なんでも埼玉県からやってきたという。カップル二人ともすっかり日に焼けている。相当走り込んできたかんじだ。いやー、二人連れチャリダーは前にも会ったけれど、カップルチャリダーは初めてだ。

 フェリーがやって来たので乗り込む。自動車甲板に自転車を止め、客席甲板に上る。対岸までは40分ほどかかる。船内の立ち食いそばコーナーでカレーうどんを食べていると、なんと、一昨日桜島ユースで一人でボー然とテレビを見ていた男から声をかけられた。

「こないだ桜島のユースにおらんかった?」
「あ!泊まってましたよ!もしかして一人でテレビ見てましたか?」

 そして、驚くべきことに、彼は、僕と同じ中学・高校の1学年違いの先輩だったのだ!面識はなかったが、卓球部に入っていたとのことで、僕と同学年で卓球部にいた連中の名前は当然知っていた。「こんなところであいつらの名前出てくるとは思わへんかったわ〜」
 …というわけで母校ネタで盛り上がっているうちに、根占に到着した。この先輩Nさんも、根占の錦江湾サウスロードユースに今日泊まるという。Nさんの乗り物はバイクのカブだった。カブで九州を周遊しているという。

 港のすぐ近くのユースに二人で向かったが、4時半以降でないと開かないとドアに書いてある。それならば今のうちに、ということで日本本土最南端、佐多岬に向かうことにした。Nさんはカブで、僕は自転車で、と言いたいところだが、あいにく佐多岬に至る道のラスト数kmは自転車通行禁止だということをすでにつかんでいたので、バスで向かうことにした。本当に最南端まで自転車で行けるのではなかったら、意味ないしなぁ。Nさんはカブで先発。僕は自転車を駐輪場に置いて、バス停に向かう。駐輪場にはすでに1台、ツーリング装備の赤いマウンテンバイクが止めてあった。

 さてバスは…あれま、出発までまだ2時間近くもある。まぁいいか。フェリー乗り場まで歩いて戻り、防波堤の上に横になって昼寝をすることにした。??近くをママチャリに乗ったあやしげな男が周りをキョロキョロとうかがいながら走っている。なんだ〜?自転車旅行ではなさそうだし、地元の人にも見えない。まあいいか。ぐ〜〜。

 やがてバスがやって来たので乗り込む。しばらく南に向かって海沿いの国道269号を走る。道は狭く、またアップダウンも結構ある。根占から佐多岬までは40km近く。自転車で往復していたら、帰ってこれるのは夜遅くになってしまう。もうそういうのはイヤだ。ゆとりですよ大切なのは…。
 269号の終点以降は県道68号線。ここからは内陸を走る。集落もほとんどなく、道もさらに狭い。うねうねウネウネ、バスは南に向かう。

 一般道の終点大泊から南は、さらに別料金だ。この佐多岬ロードパークウェイが、自転車通行禁止の道路となる。窓の外に見える山に生えている植物が、なんかちがう。なんだなんだ?見たこともないような熱帯っぽい植物が山にニョキニョキと生えている。まるで異国に来たかのよう。
 そしてこのロードパークウェイ、ヘアピンカーブと激しいアップダウンの連続なのである。バスもえっちらおっちら。ハンパじゃないぞこの道は〜。もし自転車で強行突破していたら…おそらく途中で憤死していたにちがいない。

 やがてロードパークウェイも終点となり、バスが帰るまでの間が観光タイムだ。結局バスで1時間半もかかった。
 歩いてトンネルをくぐり、山の中の石段を上り下りし、ついに、佐多岬、本土最南端まで来たのである!夕日に光る海がマブしいぜぃ!自転車で来なかったのが残念だけれどなあ…。しかしここまで来れて満足。残念ながら海はかすみがかっていて、種子島や屋久島などは見えない。いつの日か、屋久島にも上陸するぞ!
 じきに終バスの発車時間。バスに乗り込み、佐多岬を後にし、宿に戻った。


<宿にて>

 この日のユースの客は僕をいれて4人。中学・高校同門のNさん、ユースの駐輪場に止めてあった赤いマウンテンバイクの持ち主、大阪は富田林からやって来たYさん、そして、僕が昼寝をしているときにママチャリに乗ってキョロキョロしていたおじさんも、ホステラーの一人だったのだ。このキョロキョロのSさんという人は、なんでも北海道の画家だそうで、根占が大いに気に入り、長期滞在中だとのこと。キョロキョロしていたのは、なるほどいい景色探しだったということか〜。

 夕飯を食べ終わり、近くのスパハウス「ネッピー館」に4人で出かけた。おぉ、今日も温泉か〜。広々とした湯船につかり、4人で話し込んでいたのですっかり長湯になってしまった。Sさんは、画家としてはまだ一本立ちしておらず、奥さんのパートの収入にも助けられているらしい。もう一歩で軌道に乗るところなんだけれど…と話していた。

 僕の大学からの友達にも、イラストレーターの卵(すでに「別冊宝島」や「ぴあ」の単発モノのイラストを描いている)がいるけれど、それだけで食べていくまでには、まだまだやることがあるらしい。世の中会社勤めのサラリーマンだけではないのだ…。組織に所属して力を発揮するか、あるいはフリーでやってこそ活躍できるか、それは人それぞれだろう。…僕は、、、フリーじゃやってけないなぁ。

 ネッピー館を出たところで、おお、チャリダー発見!駐輪場でランドナーにパッキングをしている。彼も風呂に入っていたのか。富田林チャリダーYさんと僕が話しかける。画家Sさんと、同門Nさんは先に帰った。
「どこから来たんですか?」
「埼玉からなんですけれど、愛媛のしまなみ海道で合宿があって、その後は一人で走っているんです」
「で、今夜はどうするんですか?」
「いや、今から佐多岬行ってこようかと思っているんですよ
え〜〜〜〜〜〜〜!!!
「管理人がいない時間に、強行突破しようと思って…」
「〜〜〜〜〜〜〜」

 ここで激しく動揺したのはYさんと僕だった。なにぃ!くそぉ!本当に行くやつがおるんかい!あ〜このままこの大学生チャリダーを見送ってしまっていいのか??ここはわれわれもついていくべきではないのか?
「うーわ、ホンマに行くやつおるんやぁ〜、あーオレどないしょ」
「まあ、せっかくここまで来たんだったら。けれどなぁ、うーむ」

 激しく動揺したまま、この大学生チャリダーを見送り、Yさんと僕はとりあえず宿に戻った。宿に戻る間、二人してもだえていた。Yさんは六対四で行きたがり、僕は七対三で行きたがらないけれどチョット行きたい。実際に行くという人を目の当たりにすると……。
 部屋に戻り、地図を眺め、あれこれ計算し、また悶え苦しみ、けっきょく、今日は酒飲んで寝よう、ということになった。ふぅ。しかし、うーむ。僕もYさんにもかなりの逡巡はあった。

 画家Sさんは自分の部屋で絵を描き始め、Nさん、Yさん、僕は食堂で酒を飲みつつ、バカ話。Yさんの地元富田林(とんだばやし)では、夏にPL教団の大花火大会があるらしく、なかなかの見モノだから是非来いという。どのくらいすごい花火大会かというと、東京の多摩川や隅田川でやる花火大会が、2時間弱で1万5千発くらい。いっぽう富田林の花火大会は、1時間で、なんと12万発もの花火を打ち上げるという。まさに「昼のごとく」空が明るくなるらしい。ほほぉ〜〜花火好きの僕としては、それは見に行かなくては。いつか行くぞ。

 Yさんと僕は中学・高校が同じということで、母校の悪口を言いまくり。二人とも、もはや母校に愛着などは全くナイので言いたい放題。「あのクサレ学校が」「もーなんの未練もないですよぉ」…もちろん個々に思い入れのある同級生や先生はいるにはいたが、学校総体としてのありようには、疑問がたくさんなのだった。

 他にもいろいろ3人でバカ話をしているうちに、いつの間にか夜中の12時。そろそろ寝ますか。


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日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
ついに、このときが。
3月3日 キミは、登りきることができるか。 100km 箱根レイクヴィラユースホステル
3月4日 土砂降りの雨、一車線の人生。 106km 焼津セントラルホテル
3月5日 東海道しっかりせよ、怒り号。 100km 浜名湖ユースホステル
3月6日 一筋に、一筋に、無敵の男。 95km 愛知県青年会館ユースホステル
3月7日 天からミゾレの関が原。 110km 近江八幡ユースホステル
3月8日 転勤族の故郷とは。 83km 実家
3月9日 作戦変更。 実家
3月10日 父子伴走。 71km ビジネスホテルともえ
3月11日 瀬戸内旅情で休んだ。 82km ユースホステル浄運寺
3月12日 口角泡を飛ばした夜。 93km 倉敷ユースホステル
3月13日 決断のとき。 94km 瀬戸田ユースホステル
3月14日 春のうららの海だわさ。 89km 松山ユースホステル
3月15日 九州上陸作戦。 35km 別府ユースホステル
3月16日
神が舞い降りた日。
126km
シティホテルプラザ延岡
3月17日 ひとり上手と呼ばないで。 88km 宮崎県婦人会館ユースホステル
3月18日 ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 59km 都城ユースホステル
3月19日 桜島だ、いよいよ。 69km 桜島ユースホステル
3月20日 ずっこけるな、三人組の大競争。 49km 圭屋(たまや)ユースホステル
3月21日 佐多岬はるかなり。 22km 錦江湾サウスロードユースホステル
3月22日 決戦、あばよ、早くー。 58km JR志布志駅待合室
3月23日 さらば、さらば。 1km 大島汽船「ありあけ」2等席
3月24日
日常へ。
34km
あとがき オレの勲章はオレのもの。


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