走行距離:89km
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…二日酔いにはならない。スッキリ目覚め、朝飯を食べ、スッキリ出発!しかし、ユース に払った宿代だけでは、ビール代やスナックの代金までは出てこないと思うんだけれど、
いいのかな?けっきょくペアレントは朝は現れなかったので、ヘルパーさんにあいさつだけして出てきてしまった。 本四架橋最後の来島海峡大橋を渡り終えたところで少し早めの昼飯をとることにした。 鯛の釜飯。釜飯を炊くところから作るので少し時間がかかるという。釜飯が出来るまでの間、地図を眺めてこれからのルートを考える。 それにしても、東京を出てから実家までの道のりは、どちらかというとつらい思いが先に来ていたけれど、実家からさらに西に進むにつれ、旅の「調子」がだんだん上がってきたような気がする。膝の具合もだんだんマシになってきたし、鹿児島まで走りきろうという元気が再び湧いてきた。3月7日、近江八幡に泊まったときの弱気はどこへやら。この頃になると、なかなかオレもやるではないか、と心底思えるようになってきた。この調子で旅を終えることができればうれしい。 昼飯を終え、今治から松山に向かって走り出す。海沿いの国道196号を走り続けたが、爽快な道のりだった。輝く海、雲一つない青空。陽気も暖かい。もう春なのか?これまでで最高のコンディション。ペダルをまわす脚の動きも軽快そのもの。シャカシャカシャカシャカシャカ……。さえぎるものは、何もない。 やがて道後温泉近くの松山ユースに到着。午後4時前。ちょっと早く着きすぎたなーというぐらいに到着するのが、余裕を生むもと。これでいいこれでいい。しかしこんなに早く着くなら、夕飯も頼んでおくんだったなぁ。…荷物を下ろして、明日乗る予定の松山〜別府を結ぶフェリーを予約する。 この陽気でかなり汗をかいていたので、さっそくお風呂セットを持って道後温泉に向かうことにした。道後温泉は立派な木造建築の公衆浴場。御殿の中に、料金に応じてさまざまな風呂が備えられており、ただ風呂に入るだけでなく、和室でゆっくりくつろぐことだって出来てしまう。地元の人からも観光客からも愛される一大娯楽養生施設だった。 僕が今住んでいる東京のアパートには、風呂がない。だからふだんは僕も銭湯に通うわけだが、もちろんなじみの銭湯は大のお気に入りだけれど、こんな、道後温泉のような立派な銭湯があったら、さぞかし毎日が楽しかろう。しかもいちばん安い浴場で300円(東京の銭湯は400円)。御殿の外で、地元のおじさんに写真を撮ってもらい、道後温泉の概略まで説明してもらってしまった。「なんや、宿が決まっていなかったらうちに泊めてやってもよかったのに」…うーむ、それも面白そうだったかも!? 結局いちばん安い浴場に入ったわけだが、広々とした湯船に豊かなお湯。こりゃ〜一日中つかっていてもいいかもな〜。 |
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<宿にて> 日本地図を眺めていた富山から来ているという塾の先生(男30歳)と話す。たいへん物腰柔らかい方だ。18切符を使って瀬戸内やら九州やらを一人でまわっているらしい。既婚者でも一人旅大好き派。僕が自転車で通ったところや、途中で泊まったユースなども訪れており、大いに話がはずむ。ユースに泊まる人というのは、旅の嗜好が似ているところがあるので、共通の場所を知っているというのはよくある話のようだ。 くだんの暖炉のある談話室では、アメリカ人留学生(男18歳…日本語うまいってば)、板橋区大学4年生(女22歳)、静岡県藤枝の18切符男(年齢不詳)と話し込んでしまった。おもろい!おもろすぎるー!板橋区女の子がみんなにストレートな質問をぶつけてくるもんだから〜こりゃもータイヘン。まぁ、全員とても個人的なことにまで話が及んだから、ここには書かない。けど、初対面でマジトークって、面白いね〜〜。旅の恥はかき捨てとは違うけれど、旅に出ると、ふだん取りつくろったりゴマかしたりするガードが一気に外れてしまうようだ。 話し込んでいるうちに、いつのまにか夜12時をまわっていた。明日は朝6時半のフェリーに乗らなくてはいけない。もう寝よう。おやすみ。 |
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日付
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タイトル
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走行距離
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宿泊
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まえがき
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| 3月3日 | キミは、登りきることができるか。 | 100km | 箱根レイクヴィラユースホステル |
| 3月4日 | 土砂降りの雨、一車線の人生。 | 106km | 焼津セントラルホテル |
| 3月5日 | 東海道しっかりせよ、怒り号。 | 100km | 浜名湖ユースホステル |
| 3月6日 | 一筋に、一筋に、無敵の男。 | 95km | 愛知県青年会館ユースホステル |
| 3月7日 | 天からミゾレの関が原。 | 110km | 近江八幡ユースホステル |
| 3月8日 | 転勤族の故郷とは。 | 83km | 実家 |
| 3月9日 | 作戦変更。 | − | 実家 |
| 3月10日 | 父子伴走。 | 71km | ビジネスホテルともえ |
| 3月11日 | 瀬戸内旅情で休んだ。 | 82km | ユースホステル浄運寺 |
| 3月12日 | 口角泡を飛ばした夜。 | 93km | 倉敷ユースホステル |
| 3月13日 | 決断のとき。 | 94km | 瀬戸田ユースホステル |
| 3月14日 | 春のうららの海だわさ。 | 89km | 松山ユースホステル |
| 3月15日 | 九州上陸作戦。 | 35km | 別府ユースホステル |
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3月16日
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126km
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シティホテルプラザ延岡
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| 3月17日 | ひとり上手と呼ばないで。 | 88km | 宮崎県婦人会館ユースホステル |
| 3月18日 | ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 | 59km | 都城ユースホステル |
| 3月19日 | 桜島だ、いよいよ。 | 69km | 桜島ユースホステル |
| 3月20日 | ずっこけるな、三人組の大競争。 | 49km | 圭屋(たまや)ユースホステル |
| 3月21日 | 佐多岬はるかなり。 | 22km | 錦江湾サウスロードユースホステル |
| 3月22日 | 決戦、あばよ、早くー。 | 58km | JR志布志駅待合室 |
| 3月23日 | さらば、さらば。 | 1km | 大島汽船「ありあけ」2等席 |
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3月24日
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34km
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| あとがき | オレの勲章はオレのもの。 | ||