3月13日:決断のとき。

走行距離:94km
ルート :倉敷〜尾道〜生口島
宿 泊 :瀬戸田ユースホステル


 さあ、この日で九州への上陸ルートが決まってしまう。尾道から先、広島を目指すのなら関門トンネル経由、しまなみ海道を通るなら四国経由。…昨夜も計算したのだが、やはり関門トンネル経由だと日程的に鹿児島までたどり着くのは苦しい。よし、しまなみ海道経由に決定!さっそく瀬戸内海に浮かぶ生口島のユースに予約を入れる。が、やはり、少し悔しい。

 しかし一度決めた以上は、あとは走るのみよ!国道2号を西へ西へとこぎ進む。途中、原チャで旅行をしてい る二人組から応援されてしまった。笑顔で応える。

 福山市内は、幹線道路の両側に幅広い歩道を設置する工事の真っ最中だった。うんうん。自動車だけじゃないんですよ、道路を通るのはね…。がんばって工事を進めて下さい。

 そして尾道。瀬戸内海の島に渡る前に、そろそろちゃんと自転車のキャリアを直しておきたいなぁ。金物屋さんはないかなぁ、と思っていたら見つけました自動車用品店。
 …あいにく、針金は置いていないという。しかしここの奥さんがとてもいい人で、針金は趣味の植木栽培(店頭にもたくさんあって、最初は植木屋さんかと思った)で余ったやつを分けてくれた。これでキャリアの外れかかった場所を補強。針金の切断には、店の売り物のペンチを貸していただいた。商売屋さんなのに、申し訳ない…。
 さらにさらに、ネジ山がつぶれてしまったボルトと同じ大きさのものが余っているから、それを使いなさいと言う。ありがたい。ついでに予備のボルトとナットまでいただいてしまっ た。

 やがて上空に、本四架橋の一つ、新尾道大橋が見えてきた。国道2号と直交するこの橋を南に渡ると、しまなみ海道を経て四国に渡ることになる。2号をこのまま直進すると広島方面に向かう。
 …いよいよ本州ともお別れ。本当にお別れだ。残念、関門トンネルには行けへんかったわ。

 新尾道大橋は自動車専用道らしいので、渡し舟(150円)ですぐそこに見えている向島に上陸する。ほんの5分ほどで島に着く。
 はて、しまなみ海道にはサイクリングコースが設定されていると聞いたが……。
 しばらく南に向かって走っていると、サイクリングコースを示す緑色のペイントを発見し た。矢印がついており、「今治→」などと表示される。そうか。これをたどっていけば四国に着くわけやな?よっしゃ。

 しまなみ海道のサイクリングコースは、一般道路や島々を結ぶ橋などを利用して設定されている。ところどころには行き先を示す表示があり、これを頼りに走れば四国に渡れ るというわけ。なかなか粋な試みじゃないか。自動車専用とせず、歩行者や自転車にも橋を開放した心意気を、おおいにたたえたい。東京のレインボーブリッジ、羽田空港の湾岸線、明石大橋、鳴門大橋、瀬戸大橋、、、などにも見習ってもらいたいものである。

 そしてこの日はみごと見事に晴れ渡って気分は最高〜!瀬戸内海に浮かぶ島々の眺望は文句なし。関門トンネルに行けなかったことなど帳消しにさせてくれるくらいの景色。サイコー!来てよかったぞ、しまなみ海道!素晴らしい景色を眺めつつ、ほとんど自動車の走らないサイクリングコースを快走する。うーむ、これぞ自転車ツーリングってやつ?

 途中、因島大橋がよく見える展望台で、おばさん2人組に写真を撮ってもらった。あれ?カメラを前後逆に持っているよ?あー、っという間にシャッターが押され、自分の顔にフラッシュたかれたおばさんはビックリ。面白すぎ!せっかくなのでこのおばさん、いや、マダムとお呼びしよう、と一緒に写ってもらった。背中の後ろで腕を組まれた。照れるぜ。

 向島から因島、因島から生口島(いくちじま)に渡る。地方系コンビニで「はっさく大福」なるものを食べる。微妙な酸味と甘さの組み合わせがウマイ。そして壁に虹のペイントが施された瀬戸田ユースホステルに到着。


<宿にて>

  瀬戸田ユースは、なぜか土方風の男たちで一杯だった。ヘルパー(炊事や掃除、ユースの雑務全般を手伝う住み込みの人)の男によると、島に廃水処理のプラントを作るということで、長期滞在中だという。夕飯も、僕の他に旅行で来ていると思われるのは、自称「ドロップアウト」サラリーマン40歳くらいの男ただ一人。あとは全員工事関係者。このサラリーマン風、話があっちへ飛びこっちへ飛び、何を言っているのか分からない。フムフムとこちらは相づちを打つけれど、うーむ一体何の話をしてるんだろう?台詞は分かるんだけれど、話しが分からない。不思議な人。

 夕飯の後、明日の走行ルートを考えている間にいつの間にか寝てしまった。コンコンとペアレントさんがドアを叩く音で目が覚め、「下でみんなお話しているからどうぞ来て下さいね」と言う。それではでは、というわけで1階に下りる。すると、先程は禁煙の休憩室だった小部屋が、ペアレント自らタバコもくもく、テーブルの上にはビールやらカップ酒やら、おつまみやら。部屋の照明も暗く、何やら怪しげな雰囲気。
 この部屋に、ヘルパーさん、工事エンジニアの一人、夕飯が一緒だった不思議サラリー マン(現在無職)、ペアレント、そして僕、計5人が集まった。先程までの紳士的な印象だっ たペアレントの様子が一変(こちらが正体!?)、下ネタ話にみんなで耳を傾けることになった。うーむ。アブない話ばかりで、とてもここには書けまへん。そして、僕はアルコールには弱いので、あんまりよく覚えていまへん。

 朝が早いヘルパーさんは先に就寝。その後、ペアレントが、今から行きつけのスナックでカラオケしようと言い出す。断りきれず、いったん自室に戻って沈没した無職サラリーマンを残し、ペアレントとエンジニアと僕の3人は閉店間際のスナックへと出かけていった。夜11時半頃だったと思う。12時閉店なのであんまりのんびりはできない。カラオケは苦手だったけれど(いやホント苦手なの)、中島みゆきの曲を歌った(歌わされた)。まあ、知っている歌といえば中島みゆきくらいしかないんだけれど。エンジニアはJ-POPを何曲か。うまい。そしてペアレントは「昭和枯れすすき」めちゃめちゃうまい!!

 もうアルコールは欲しくなかったけれど、飲まされる。そのうち視界がグールグル、僕だけ床の上に倒れてしまった。「ほら、そこのソファで休みなさい」ペアレントに起こされ、寝かされる。う〜〜頭いて〜〜きもちわりぃ〜〜。

 しばらくして、もう帰ろうという。情けないことに、ペアレントとエンジニアに両側から支えられて、ユースに戻る。足腰が全く立たない。うーきもちわりー、うーはやく横になりてー。うーーー。ぐぅぅぅぅぅぅぅ。部屋に戻ってからも気持ち悪くて悪くて寝つけないが、 やがて泥のように眠り込んでしまった……。


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日付
タイトル
走行距離
宿泊
まえがき
ついに、このときが。
3月3日 キミは、登りきることができるか。 100km 箱根レイクヴィラユースホステル
3月4日 土砂降りの雨、一車線の人生。 106km 焼津セントラルホテル
3月5日 東海道しっかりせよ、怒り号。 100km 浜名湖ユースホステル
3月6日 一筋に、一筋に、無敵の男。 95km 愛知県青年会館ユースホステル
3月7日 天からミゾレの関が原。 110km 近江八幡ユースホステル
3月8日 転勤族の故郷とは。 83km 実家
3月9日 作戦変更。 実家
3月10日 父子伴走。 71km ビジネスホテルともえ
3月11日 瀬戸内旅情で休んだ。 82km ユースホステル浄運寺
3月12日 口角泡を飛ばした夜。 93km 倉敷ユースホステル
3月13日 決断のとき。 94km 瀬戸田ユースホステル
3月14日 春のうららの海だわさ。 89km 松山ユースホステル
3月15日 九州上陸作戦。 35km 別府ユースホステル
3月16日
神が舞い降りた日。
126km
シティホテルプラザ延岡
3月17日 ひとり上手と呼ばないで。 88km 宮崎県婦人会館ユースホステル
3月18日 ダサいキツネと依怙地のタヌキ。 59km 都城ユースホステル
3月19日 桜島だ、いよいよ。 69km 桜島ユースホステル
3月20日 ずっこけるな、三人組の大競争。 49km 圭屋(たまや)ユースホステル
3月21日 佐多岬はるかなり。 22km 錦江湾サウスロードユースホステル
3月22日 決戦、あばよ、早くー。 58km JR志布志駅待合室
3月23日 さらば、さらば。 1km 大島汽船「ありあけ」2等席
3月24日
日常へ。
34km
あとがき オレの勲章はオレのもの。


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