| 今日びの若者の多くは、遅くても大学卒業までには自動車の普通免許を取ることだろう。バイト代を貯めるか親に費用を出してもらうかは別にして、とにかく免許を学生のうちに取っておくことにはちがいない。 しかし僕は、頑なに免許を取ることを拒否し続けた。就職したら仕事で使うようになるとか、免許ぐらい普通は取るもんだなどと周りの人間からは言われた。じゃあクルマに乗らない仕事でいいじゃんとか(それで不利益をこうむるのは自分のせいだから甘受する)、免許ぐらい普通はの「ぐらい」とか「普通」って一体誰が決めたっていうのさッ!?と当時の僕は反発した。 免許を取るには20数万円かかる。その分のバイト代は海外旅行に、あるいは公務員試験予備校の授業料へと消えた。就職先は市役所。面接を受けたときに冒頭「かくげ太さんは免許をお持ちでないようですが、今後取る予定はありませんか?」ときかれた。面接第一の質問がそれだった。 当時の僕は何と答えたか。「今は経済的な事情で取る余裕はありませんが(フリーターだったのでそれは事実)、今後仕事で必要とあらば、そのときにはぜひ取りたいと思います」と答えた。面接なのだから当たり前だ。 しかし実際には免許など取るつもりはさらさらなく、通勤は自転車、その他のプライベートの用事では公共交通の愛用者だった。旅行といえば自転車旅行(たまに電車)だというのはこのサイトの中に書いているとおりである。 当時、公用車で地域を巡回する業務(滞納者への督促や徴収業務)を担当していた知人の公務員が事故を起こし始末書を書いたという話を聞いたとき(幸い役所の敷地内で、塀に軽くぶつけただけでケガ人はいなかったらしい)、つくづく自分は免許を持たなくてよかったと思ったものである。免許さえ持たなければ仕事でクルマを運転させられることもないし、免許を持っていませんなどとウソをつく必要もないし、安全な人生を歩むことができると…。 クルマは正直言って好きではないし、一人暮らしでクルマを持つ経済的余裕はないし、事故で自分が加害者になることなんて想像もしたくなかった。このまま自分は免許を持たずにいるつもりだった。 もちろんクルマには間接的にずいぶんお世話になっているし、僕は極端な自動車排斥論者でも自転車原理主義者でもないつもりだ。たとえばネットショップをずいぶんと愛用しているが(書籍の購入にいたってはほとんどがアマゾン)、これもクルマによる物流ネットワークがあってこそ。けれどそれでも自分がドライバーになることなど考えられなかった。 そして今、都市部でも自転車に乗ることが多くなって思うのだ。クルマのドライバーから見た自転車の姿を知るべきであると。そのためにも自動車の免許を取っておくべきだったと。もちろん自分がドライバーになるつもりはないが(=極力避けたいが)、それでもクルマから見たら路上の自転車がいかにジャマで危なっかしい存在かというのを一度は見ておくべきだった。 そもそも過度のクルマ至上社会にケチをつけようと思っても、自分が運転免許を持っていないのであれば説得力がないではないか。以前は逆だと思っていた。運転免許を持たないクルマ嫌い…ただの偏屈野郎である。 反日教育だけで育った韓国人・中国人の反日デモ、やっかみや妬みまじりの民間企業サラリーマンによる公務員バッシング、役所から一歩も外に出たことのない公務員による身内擁護。単視眼的にわめき散らす姿はまことに見苦しい。そうはなりたくない。 だから今は、条件が整えば運転免許を取りたいと思っている。もちろんクルマの保有者になるつもりはないし、免許取得後は極力クルマの運転は避ける(というかしない)が、クルマに乗らずにすごすというのは、極端にいえば一つ視点が欠落したままであるということだ。 とりあえず、頑固だった(まあ頑固なのは今も変わらないけれど)過去の自分に反省なのだ。 |
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