| 僕にはできるスポーツがない。いや、中学と高校で軟式テニス(現在はソフトテニスという)をやってはいたが、はっきりいって三流選手だった。当時住んでいた奈良県は、高田商業高校を筆頭に軟式テニスではハイレベルな地域だったが、僕はあくまで三流選手だった(高校生のとき、その高田商業から1ゲーム奪ったことはまさに奇跡)。 腕力がない。持久力もない。ダブルス主体の軟式テニスで僕は後衛をやっていたが、ふつうならバウンドの高い球はこっちから見れば絶好のチャンスボールで、肩の高さでラケットをかぶせるように振り抜いて強いドライブ回転で攻め込む「トップ打ち」をするのがセオリーだが、僕はこのトップ打ちさえできなかった。戦法といえば前衛の頭越しにコートの深いところへ山なりのボールを落とすロブがほとんど(サッカーでいえばループシュート)。敵の後衛をコートの右へ左へと走らせ、ひたするミスするのを待つのだ。しかし相手がミスする前に自分がミスすることが多い…。 この戦法も中学ではそれなりに有効だったが(中学時代の公式戦成績8勝15敗)、高校生になればさらに打力や技術の差は開き、ロブ戦法などまったく通用しなくなった(高校時代の公式戦成績1勝11敗)。まあ打力向上のために自分の家でもフッキンとかハイキンとかウデタテフセとかやったし、そのおかげで球威は増したけれど、しかし試合では焼け石に水レベル。しかも精神的プレッシャーにも弱い自滅プレーヤーときている。 もともと昔から運動神経がすぐれているわけでもなく(体育の時間はいつも楽しみだったけれど)力もない。天性の運動神経をもち、もともと体格に優れた人と互角に渡り合うには人並み以上の努力が必要なのだが、そこまでのことはやらなかった。まぁ男である以上スポーツができてナンボのもんというのは小中高生の常識だろうが、そこまでスポーツには賭けられなかった。だいいち、しんどい。フォーム固めの素振りやトス打ちや筋トレやってるより、下手でもいいから乱打するほうが目先はオモロイやん(クラブ自体、マメに見に来る指導者や先輩もおらず、放牧状態だった)。 大学に入ってからも体育会の軟式テニス部に仮入部したが、中高のとき以上に軟式テニスに我が身を捧げることを求められそうなかんじで、1週間で退部してしまった。他に興味があったのは古典ギター部(スポーツできる以外に、音楽できる人というのにも昔から憧れていた)と美術サークル(これは高校のときも入っていた)。けっきょく美術サークルに入り、スポーツとは無縁の生活となる。 もう一つ、中高時代の話をしよう。軟式テニス部の顧問は僕らの学年の体育の先生でもあった。そしてこの体育の先生の授業というのがすばらしかった。もともとスポーツにすぐれた生徒もいれば、スポーツ音痴もいるということを前提にカリキュラムを考えてくれたのだ。安易に数字の善し悪しだけで順位をつけたりするのではない(それではデキる人だけ楽しく、スポーツ音痴はますますスポーツ嫌いになる)。 バレーボールの授業。最初に練習したのは、アンダーハンド・オーバーハンドのトスではない。ボールを上に放り投げてもらって、自分がジャンプして、そしてジャンプの頂点でボールをキャッチするという練習。つまりスパイクを打つ練習だったのだ。バレーボールの醍醐味からいきなり入れるというわけ。ゲームをするときも、本当のルールならば自陣では3回までしかボールをさわれないのだが、これを4回に増やし、なるべくセッターにトス→スパイクという機会が増えるように工夫していた。トスがつながらず自滅自滅でゲームが進むより、こっちの方がいい。 走り高跳びの授業。まず持ち出すのは皆それぞれの身長と垂直跳びの記録だった。そして身長と垂直跳びの数値から割り出される「効率的な跳び方をした場合に跳べるはずの最高の高さの理論値」を計算し、その理論値にどれだけ近づけるようになったかで到達度を各自把握するというもの。素人も陸上部の連中も同じように楽しめる。跳び方もはさみ跳び→ベリーロール→背面跳びと進むほどこの理論値に近づけるからモチベーションも上がる。 持久走の授業。純粋にタイムの速さだけを持ち出すのではない。ラップタイムを一定に保つことを重視するのだ。速く走るのではなく、同じ速度で走り続けることを目標に各自取り組むのである。しかしチンタラ走って同じラップを刻んでも意味がない。走った後の脈拍を計測し、180以上になることを目指すのである。つまり、脈拍180以上で、同じラップを刻むというのが持久走の目的というわけだ。これなら速い人も遅い人も自分なりに取り組める。これがタイムだけ計るというのなら、もう最初から勝負は見えている。 ハードルの授業。純粋にタイムの速さだけを競うのではない。まず計測したのが50メートル走のタイム。そして50メートル走のタイムから割り出される「効率的な跳び方というか走り抜け方をした場合に出せるはずの理論タイム」を目指して各自取り組むのである。これなら走るのが遅い人でも自分なりに練習ができるではないか。 …などというように、スポーツ劣等生でもスポーツ嫌いにならないようにするという観点で、この先生は授業を進めていったのである。 さて、自転車旅行はどうだろうか(やっと自転車の話になる)。自転車なんて誰でも乗れる。そしてサーキットやロードレースでタイムを競うというのをやらない限り、自転車は自分のペースだけで乗ることが出来るのだ。特に地道な練習が必要なわけでもない。そのわりに体は使うし、しかも遠くまで走ればスゴイとか言われる。しんどくなったら走るのをやめればいい。自転車を下りて手押しをすればいい。外が暑かったり寒かったりしたら乗らなければいい。スポーツ劣等生にとってこんなありがたい乗り物はない。体育の時間にも自転車を導入してもいいではないか。 さて、高校生のときには硬式テニスの授業もあった。軟式テニスと硬式テニスではラケットの握り方からしてちがうのだが、まぁ応用が利くのはまちがいない。このときばかりは僕もいちおうの経験者として、体育で初めてラケットを握るという同輩たちをコテンパンにやっつけたものだ。たまにはオレにも活躍させろ。 |
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