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| まあ、経歴などを。 ときは1993年、高校1年だった僕は関西に住んでいた。そう、93年は、阪神タイガースがヤクルトスワローズと激しく優勝争いをした翌年であり、毎日毎日必ず放送される阪神戦のラジオ中継に夢中だった頃だ。「ABCタイガースナイター」を聴かずには一日が終わらないという日々だった。向こうのラジオは思いっきり阪神タイガースびいきである。今年こそは、、、と大いに期待したものだ。 しかし、阪神は優勝出来なかった。 ラジオの向こうでは一進一退、である。そしてある夜、阪神の敗戦をラジオで聞き届けた僕は、脱力感におそわれながらなんとなくラジオのチューニングをいじっていた。そしてとある放送で聞こえてきた素っ頓狂な女性のトーク。な、なんじゃ、このアクセントは?な、なんじゃー、この声音は? チューニングを固定し、しばし聞き入っていた。そしてリスナーからのリクエストに答えて歌が流れる。うぉ、なんちゅー豊かな声量なんだ!ギターとドラムが鳴り響くなか、たいそう勇ましい女性ボーカルが続く。腹にズシーンとくる。歌というより、その声に、まず引き込まれた。 もう少し聴いていくと、このハチャメチャなトークを繰り広げているDJは「なかじまみゆき」という人であることが分かり、さらに先ほど流れていた曲も本人のものであるようだった。(後日「夢みる勇気(ちから)」であることが判明) |
| 新聞を見ると、この番組はNHK-FMの「ミュージックスクエア」という番組であり、月曜から金曜の夜9時から10時45分まで、曜日によってDJが分かれて提供するというものらしかった。月曜は寺田恵子、火曜は谷村有美、水曜は森高千里、木曜は奥居香(途中から辛島美登里)、そして金曜は中島みゆき、という当時の陣容だったと記憶している。 近所の大学で新聞の縮刷版を調べてみると、ミュージックスクエア自体は何年間も続いている番組で、ある程度の期間でDJは交代するようである。ちなみにミュージックスクエアの中では中島みゆきが最長。 まあそんなわけで、それまでCDといえば「ドラクエ」しか持っていなかった僕が、音楽を聴くようになるきっかけとなる番組となったのだ。リクエストでかかる曲を適当に録りためたカセットテープは15本以上を数える。そしてがぜんハマったのが、誰あろう中島みゆきである。当時テレビで「家なき子」なるドラマがはやっており、その主題歌「空と君のあいだに」が大いにヒットしていた。 さて、CDを買いあさるほどのお金を持っていなかった僕は、主にレンタルCD屋で曲を仕入れていた。しかしレンタルでは全然物足りず、結局はアルバムを買い揃えていくことになるのである。初めて買ったアルバムは「時代-Time goes around-」であり、次は「EAST ASIA」で次は、、、新しいものから順に買い揃えていった。そしてさらに、自分なりのベストセレクションをカセットテープに編集し直し、いつでも聴けるようにウォークマンを買ったのもこの頃だ。 当初はその声そのものに惹かれていた僕であったが、聴けば聴くほどに、その味わい深い歌詞に驚嘆するのだった。暗い、の一言ですませてはいけない。ちなみに当時いちばん好きだった歌は「此処じゃない何処かへ」である。誰も知らん?、、、ヒットチャートに載った曲だけが名曲ではないのである。 |
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やがてミュージックスクエアから中島みゆきが退き、渡辺美里が後を受けることになった。うーむ寂しい〜!ラス前と最終回はよく覚えている、というか全部録音した。リスナーから中島みゆき好きな曲ベスト3を募り、その100位から1位までを発表するという企画だ。僕が初めて聴いた曲である「夢みる勇気」は第60位。ドラマの影響もあって第9位に「空と君のあいだに」、第3位は「ファイト!」、第2位「二隻の舟」、そして第1位は「時代」だったと記憶している。 |
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時は流れ、2000年。僕は大学を卒業し、フリーターとなっていた。そしてあの「夜会」が復活するという話を雑誌の「ぴあ」で知った。また「プロジェクトX」というNHKのドキュメンタリー番組のテーマ曲に中島みゆきの曲(「地上の星」「ヘッドライト・テールライト」)が使われていることを知ったのもこの頃のこと。お、そうか、夜会か。まあ電話つながらないだろうけれど、当たって砕けろ、だ。今回は試しにチケット争奪戦にくわわることにした。 |
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